第 V 幕 — 器第 40 節/全 74 節
クネセット・イスラエル——大いなる受け手
カバラーは多くの文脈において、イスラエルの集合的な魂であるクネセット・イスラエルを、マルフートおよびシェヒナーと同一視する。
その語そのものが、イスラエルの集いを意味する。
集い。
これはマルフート的である。
マルフートは集める。
彼女は諸部族を消し去らない。
レウヴェンはレウヴェンのままである。
イェフダーはイェフダーのままである。
レヴィはレヴィのままである。
いずれの部族にも固有の道がある。
それでいてクネセット・イスラエルは、彼らを一つの共同へと受け取る。
同一性なき一致。
これは女性的な建築のもう一つの表れである。
受け手は差異を容れうる。
王国とは、一人の市民が複製されたものではない。
それは、多くの市民が帰属しうる一つの場である。
だからこそマルフートは、ゲウラーにとってかくも大きな意味を持つ。贖いは、個別性を破壊することなく散らされた者を集めねばならない。
וְנָשָׂא נֵס לַגּוֹיִם וְאָסַף נִדְחֵי יִשְׂרָאֵל
「彼は諸国民のために旗を掲げ、イスラエルの散らされた者を集める」(イザヤ書 11:12)。
王は集める。
マルフートはクネセットとなる。