第 VII 幕 — 王冠第 63 節/全 74 節
王座が内より立ち上がるとき
「内より立ち上がる王座」とは、何を意味しうるのか。
人間の意識が神を製造するということではない。
主権が主観的経験へと切り縮められるということでもない。
それが意味するのは、ハシェムを認めることが、もはや外から課された権威のみに依らなくなる、ということである。
魂は、なぜトーラーが真であるのかを知覚しはじめる。
心が味わいを育てる。
טַעֲמוּ וּרְאוּ כִּי טוֹב ה׳
「味わい、そして見よ、ハシェムの善きことを」(詩篇 34:9)。
味わいは内なる感覚である。
誰かがあなたに、その食べ物は甘いと告げうる。
だがついには、あなた自身が味わわねばならない。
これはアヴォダーにおける決定的な移行である。
子は、親が命じたから従う。
成熟した人はなお従いうるが、その命令の内に含まれる知恵と愛とを解しはじめうる。
命令が消えたのではない。
それが内面となったのである。
これが、叛くことなく上るマルフートである。
王座は内より立ち上がり、なおハシェムの王座であり続ける。