第 VII 幕 — 王冠第 71 節/全 74 節
マルフートと神についての究極の知
それゆえ究極の啓示とは、「わたしは誰か」という問いの消失ではないのかもしれない。
それはその問いの浄めであるのかもしれない。
未熟な自己は言う——
わたしが在るのは、わたしが自らを作ったからである。
怯えた自己は言う——
ハシェムがすべてであるなら、わたしは無でなければならない。
マルフートは第三の答えを見いだす——
わたしが在るのは、ハシェムがわたしの在ることを望まれるからである。
これは一致と被造性の双方を保つ。
わたしは神から独立していない。
わたしは神と同一でもない。
わたしは関係のうちに存在する。
これが契約の存在論である。
そしておそらくこれこそ、マルフートが最後のセフィラーである理由である。
啓示が向かいうる、これより深い場所はない——無限者の前に立ち、こう言いうる存在よりも深い場所は。
あなたはわたしに存在を与えられた。
わたしはそれを受け取る。
わたしはそれを返す。
わたしはそれを生きる。