第 IV 幕 — 住まい第 22 節/全 74 節
ハラハーが生に入る秘義としてのマルフート
カバラーを霊的な領域、ハラハーを実践的な領域として思い描く傾きがある。
マルフートは、その分割がなぜ偽りであるかを顕す。
最も高き諸光の眼目は、それらがついには振る舞いとなることにある。
ハラハーは問う——金曜の午後七時四十五分に、聖はどのような姿をしているのか。
マツァはどれだけか、と問う。
水はどれだけか。
どの祝福か。
どの境界か。
どの契約か。
どの証人か。
どの義務か。
どの時か。
どの身体か。
どの貨幣か。
どのひと塊のパンか。
マルフートは個別性を愛する。個別性こそ、啓示が住まいうるものとなる場だからである。
だからこそ口伝のトーラーはマルフートに対応づけられる。口伝のトーラーは、神的意志を個々の事例へともたらす。
マルフートなしには、霊的真理は、それとともに生きるにはあまりに眩いままでありうる。
偉大な原理は、称えるのはたやすい。
ハラハーは、あなたに何かをせよと求める。
細部へのこの下降は、トーラーの貶めではない。
それは、トーラーが住まいとなることである。